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脳機能発達研究部門

本研究部門では、こころの形成・発達の基盤である「脳の発達の仕組み」を分子・細胞レベルで解明することを目的とした研究活動を行っている。具体的には、こころの主な基盤と考えられている大脳皮質から大脳基底核、辺縁系、嗅球に至るまでの神経回路形成・発達の過程、また体内にあって脳の発達を修飾する様々な要因の作用機構を明らかにすることを目指している。さらに、これらの研究で得られた成果をもとに、主として自閉スペクトラム症(ASD)を対象に、発達障がい者の診療・支援への応用を視野に入れた橋渡し研究(Translational research)を展開している。

ASDは社会的障害と常同行動を特徴とする神経発達障害であるが、原因不明で根拠のある生物学的治療法が未だ存在しない。ASDの病因にはエネルギー代謝異常の関連が示唆されているため、我々はASDの代謝に関連した臨床に利用可能なバイオマーカーを探索している。最近、末梢血中VLDLの特異的分解によってASDの社会的相互作用と正の相関を持つ遊離脂肪酸の増加が生じることを見出し、ASDの病態生理の解釈に新しい知見を提供した(Usui et al. EBioMedicine 2020)。また、複数のフリーラジカル消去活性を同時に測定する電子スピン共鳴法(MULTIS法)を用いて末梢血中の酸化ストレスを評価すると、ASD児童の早期診断に役立つ可能性を発見した(自閉症スペクトラム障害の判定方法、自閉症スペクトラム障害の判定用キット及び測定データ取得方法[特許6830578号];Hirayama et al. Sci Rep. 2020)。現在、ASDとミトコンドリア機能障害の関係に焦点をあて、5-アミノレブリン酸(5-ALA)を用いたASDの治療法の確立を試みている。
ZBTB16は、発達中の神経前駆細胞の増殖と神経分化に役割を果たすが、その機能が脳の機能と行動にどのように関与しているかは不明である。我々はZbtb16遺伝子を除いたZbtb16KOマウスを作成して行動を観察したところ、社会的障害、反復行動および認知障害につながることを見出した。このときZbtb16KOマウスの大脳皮質ではL6の菲薄化とTBR1+ニューロンの減少、樹状突起棘とミクログリアの増加、前頭前野(PFC)の髄鞘形成低下が認められた。さらにZbtb16トランスクリプトームを解析して、自閉症や統合失調症に関連が見込まれる神経新生や髄鞘形成など新皮質の成熟に関与する遺伝子を特定した(Usui et al. Transl Psychiatry. 2021)。
一方、我々はN-エチルマレイミド感受性因子(NSF)を新しいセロトニントランスポーター結合タンパク質として既に再同定している(Iwata et al. 2014)。この遺伝子を除いたNSF+/-マウスを作成し、その表現型を調べたところ脳内シナプス分子の細胞膜輸送が障害され、かつ自閉症様の行動が見出された。NSF遺伝子がASDの病態生理に関与する可能性について投稿準備中である。
学童の自己肯定感を高める目的で開発された「Treasure-file program(TFP)」の科学的妥当性を検証するために小中学生4000名を対象にした教育実験を進めた。その結果、TFPが学童の自己肯定感を高める上で有用である成果が得られて、投稿中である。
嗅神経軸索の発達に関する研究感覚入力が脳の中枢でどの様にその質感を判断され、情動・行動の出力につながっているのか、またそれを支える神経回路が発達期にどの様に形成されるのかについて遺伝子改変マウスを用いた研究を行っている(Sakano. Dev Growth Differ. 2020; Mori and Sakano. Annu Rev Physiol. 2021) 。
脳の機能は神経細胞同士がシナプスと呼ばれる接着構造を介して形成する神経回路により担われている。そこでシナプスではたらく機能分子の量と空間分布を各脳内神経回路で明らかにすることで、シナプスの構造と機能の対応関係を理解し、脳の情報処理機構の解明を目指している(Nakamoto et al. J Comp Neurol. 2020; Parajuli et al. eNeuro 2020; Tanaka et al. Cereb Cortex. 2020; Eguchi et al. Front Cell Neurosci. 2020; Murata et al. J Comp Neurol. 2020; Kasahara et al. Neurosci Res. 2020; Martín-Belmonte et al. Brain Pathol. 2020; Kleindienst et al. Int J Mol Sci. 2020) 。
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情動認知発達研究部門

本部門は、主にMRIを用いてヒトの脳の構造や機能を可視化し、注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)などの神経発達症の神経基盤を明らかにするのと共に、臨床に資するバイオマーカーの開発を目的として研究を行っている。また、福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援研究部門と連携し、虐待に起因する愛着障がいの病態解明や、新規の治療法、養育者支援法の確立に向けた研究にも取り組んでいる。

神経発達症(ADHD・ASD)、愛着障がい児の脳構造・脳機能的な特徴を明らかにするため、3T-MRI、PET/MRIを用いて、世界最先端の臨床画像研究を展開している。また、病態解明のみならず、臨床場面における実践的な治療・支援につなげることを最終目標にしており、客観的評価のためのバイオマーカー及び病態に基づいた新規治療法の開発を目指している。

上述のような研究を遂行するためには、小児発達学、児童精神医学、放射線医学、心理学、神経科学、情報科学、教育学などの幅広い分野における高度な知識、技術が必要となる。そのため、様々な分野、背景をもった研究者との共同研究を積極的に推進している。具体的には、福井大学内における医学部小児科学、精神医学、放射線医学、高エネルギー医学研究センターに加え、連合小児発達学研究科(大阪大学、金沢大学、浜松医科大学、千葉大学)、生理学研究所、Stanford大学、韓国脳研究所など、国内外の研究機関と幅広く共同して研究をすすめている。

全米21施設が共同し、約12,000名もの子どもの脳画像・遺伝子・行動データを縦断的に集積していく大規模研究、ABCD (Adolescent Brain Cognitive Development) studyをはじめとしたデータベースを有効に利用し、データ解析に必要な多サンプルを確保する。さらに、連合大学院を基盤とした多施設共同研究による独自のデータベースを構築し、独立したサンプル集団においても、再現可能な結果を追求する。

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発達支援研究部門

本研究部門では、国内外の研究者と協働し、以下のような研究を行っている。

子ども虐待の痛ましい報道は止むことがなく、早期の適切な対処は喫緊の課題である。虐待により引き起こされる愛着障害脳の報酬系に及ぼす影響や、後年への影響が大きい感受性期、また、脳への影響を媒介するオキシトシン受容体のメチル化や養育者支援に資する研究を行い、その成果を地域に定着させる取り組みを目指している。

さらに、JST社会技術研究開発(RISTEX)「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」領域課題名「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」研究開発成果の定着に向け、大阪府内2中核市での社会実装を展開している。

未確立の発達障がいの新たな科学的評価法の研究開発のために、注意欠如・多動症 (ADHD)児や自閉スペクトラム症(ASD)児の脳構造・機能の特色を脳画像にて可視化する取り組みを展開している。

近年、突然感情を爆発させるいわゆる「キレる子ども」が増加しており、家庭や教育現場で大きな混乱を生じている。「キレる子ども(IED)」の実態を調査し、診断、病態や治療評価における安静時機能的MRIや脳波の非線形解析法の有用性を検証し、小児のIEDにおける実用的な客観的評価法を確立し、医学的評価に基づいた有効かつ包括的な支援システムを構築することを目指している。

ASD児の日中の活動リズム、夜間の睡眠リズムの測定、また感覚評価、内分泌系(唾液中メラトニン、コルチゾール)の測定を行っている。ASD児と定型発達児との比較から、ASD児の生体リズムの解明を目的とした研究を行っている。さらに近年では、乳幼児の睡眠習慣そのものが社会問題化していることから、大阪大学・金沢大学・弘前大学との多施設共同により、乳幼児の睡眠習慣改善を目的としたスマートフォンアプリによる養育者への介入研究を推進している。

発達障がい児の子育てに関するプログラムが母親のストレスや親子関係の改善に関連しているかを検討する。また、プログラムへの効果が親子の脳機能にも及ぼしているかを機能的MRIにて検証する。

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地域こころの支援部門

本部門は平成29年度に設立され、同年秋から教員全員が着任、本格始動となった。本部門は児童青年期こころの専門医(以下、児童青年精神科医)を育成することを主とした目的としており、本年度はレジデントをWeb媒体や説明会等を通じて積極的にリクルートする活動、ならびに新規レジデント4名の研修を行った。

これまでのレジデントと併せて、県からの要請である6名以上のレジデント養成に向けて着実に歩みを始めることができることとなった。またレジデント研修のための場である「子どものこころ診療部」における研修環境は、教員の診療体制が1年をかけて順調に軌道に乗っており、県内外の医療機関からの紹介患者数も着実に増え、疾患のレパートリーも拡大され、レジデントが各種の疾患を経験することが可能となっている。杉山登志郎客員教授・岡田眞子心理士による症例検討も月に1度安定的に開催されており治療介入に対する指導も充実している。県立病院・療育センターに加え、児童相談所や少年鑑別所の見学等の許諾を得ており、院外での関係機関における研修の機会も充実してきた。

県における精神保健福祉・コメディカルを含めたスキルアップに対する支援を求められている。教員による研修講師・スーパービジョンが県内外で行われている。具体的には臨床心理士会、児童相談所、療育センター、大学看護学科等での講義を行った。また、北陸湖北認知行動療法研究会、福井子どものこころの臨床研究会を定期的に開催している。

  • 福井大学病院における診療
  • レジデントが副院長として開業したクリニックでの診療
  • 県療育センターにおける診療
  • 県総合福祉相談所の嘱託医業務

などで診療活動を行っている。また、県こども療育センターにおいては、保護者の学習会を6回実施し好評を得ている。

研究に関しては、K-SADS-PL-5の翻訳を進め、実地臨床での有用性について研究を開始した。

TEL:0776-61-8279